
和について考える。
わが国も内戦が続き戦国大名が親子兄弟で憎しみあい、傷つけあった時代もあった。しかし根底に相手を敬う気持ちがあった。
信長、秀吉、家康の3人の親友がその争いを統一し組織と制度をつくり平和を300年近く続けた。
外来によりまた外敵が生まれ侵略されるか侵略するかの時代になったが、わが国のその戦争の大儀は植民地化された「アジアの開放」であった。
その後アメリカという大国が二つの世界大戦に勝利しそのアメリカの基準が世界の基準となった。
しかし白色人種の根本は競争の原理。
安定を求めるより法を改正したり制度を改正したりして競争に参加を求め秩序が壊れる。
敬愛する学者 田坂広志師は「『達成』や『競争』のエネルギーはまた弱者、敗残者を生み出し安らぐところがない。今後の世界は『感謝』のエネルギーが大切になる。」とおっしゃる。
隣国の2国はひたすらわが国に謝罪を求める。いくら謝罪してもきりがないようであるが、徳を積んでいるのはどちらか?またわが国民も自らが貧困でも国費を謝罪につかわれてもクーデターも起きない。
そしてますますわが国を好きになる海外のかたがたが増える。
翻って自分の仕事、家族。自分は和を求めているか?徳を積んでいるか?
顧客に隷属する必要はないが約束の上で最善を尽くす。
社員を甘やかしてはいけないができる限り生活に責任をもつ。
マイホームパパになる必要はないが一所懸命に働く後姿を見せる。
和を尊ぶとは自己より他に貢献することではないか?
これを下心なしに実践できたとき、徳がうまれ人格ができる。
わが国は今徳を積んで「国格」を作っているのではないか?
争いは人心を疲弊させる。建設してきたものを破壊させる。和をもってすべての人に幸福になる可能性を持たせることが大切ではないいか。
安部総理の所信演説を聴き、和について考えてみた。